あおぞら
異質な場を多重にリンクする

2006年09月23日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」25 大久保ゆう訳

25

 王子くんはいった。「ひとって、はやいきかんしゃにむちゅうだけど、じぶんのさがしものはわかってない。ということは、そわそわして、ぐるぐるまわってるだけ。」

 さらにつづける。

「そんなことしなくていいのに……」

 ぼくたちが行きあたった井戸は、どうもサハラさばくの井戸っぽくはなかった。さばくの井戸っていうのは、さばくのなかで、かんたんな穴がぽこっとあいてるだけ。ここにあるのは、どうも村の井戸っぽい。でも、村なんてどこにもないし、ぼくは、ゆめかとおもった。

「おかしい。」と、ぼくは王子くんにいった。「みんなそろってる。くるくる、おけ、ロープ……」

 その子はわらって、ロープを手にとり、くるくるをまわした。するときぃきぃと音がした。風にごぶさたしてる、かざみどりみたいな音だった。

「きこえるよね。」と王子くんはいった。「ぼくらのおかげで、この井戸がめざめて、うたをうたってる……」

 ぼくは、その子にむりをさせたくなかった。

「かして。」と、ぼくはいった。「きみには、きつすぎる。」

 そろりそろり、ぼくは、おけをふちのところまでひっぱり上げて、たおれないよう、しっかりおいた。ぼくの耳では、くるくるがうたいつづけていて、まだゆらゆらしてる水の上では、お日さまがふるえて見えた。

「この水がほしい。」と王子くんがいった。「のませてちょうだい……」

 そのとき、ぼくはわかった。その子のさがしものが!

 ぼくは、その子の口もとまで、おけをもちあげた。その子は、目をつむりながら、ごくっとのんだ。おいわいの日みたいに、気もちよかった。その水は、ただののみものとは、まったくべつのものだった。この水があるのは、星空のしたをあるいて、くるくるのうたがあって、ぼくがうでをふりしぼったからこそなんだ。この水は、心にいい。プレゼントみたいだ。ぼくが、ちいさなおとこの子だったころ。クリスマスツリーがきらきらしてて、夜ミサのおんがくがあって、みんな気もちよくにこにこしてたからこそ、ぼくのもらった、あのクリスマスプレゼントは、あんなふうに、きらきらかがやいていたんだ。

 王子くんがいった。「きみんとこのひとは、五〇〇〇本ものバラをひとつの庭でそだててる……で、さがしものは見つからない……」

「見つからないね。」と、ぼくはうなずく……

「それなのに、さがしものは、なにか一りんのバラとか、ちょっとの水とかのなかに見つかったりする……」

「そのとおり。」と、ぼくはうなずく。

 王子くんはつづける。

「でも、目じゃまっくらだ。心でさがさなくちゃいけない。」

 

 ぼくは水をのんだ。しんこきゅうする。さばくは、夜あけで、はちみつ色だった。ぼくもうれしかった、はちみつ色だったから。もう、むりをしなくてもいいんだ……

「ねぇ、やくそくをまもってよ。」と、王子くんはぽつりといって、もういちど、ぼくのそばにすわった。

「なんのやくそく?」

「ほら……ヒツジのくちわ……ぼくは、花におかえししなくちゃなんないんだ!」

 ぼくはポケットから、ためしにかいた絵をとりだした。王子くんはそれを見ると、わらいながら、こういった。

「きみのバオバブ、ちょっとキャベツっぽい……」

「えっ!」

 バオバブはいいできだとおもっていたのに!

「きみのキツネ……この耳……ちょっとツノっぽい……ながすぎるよ!」

 その子は、からからとわらった。

「そんなこといわないでよ、ぼうや。ぼくは、なかの見えないボアと、なかの見えるボアしか、絵ってものをしらないんだ。」

「ううん、それでいいの。子どもはわかってる。」

 そんなわけで、ぼくは、えんぴつでくちわをかいた。それで、その子にあげたんだけど、そのとき、なぜだか心がくるしくなった。

「ねぇ、ぼくにかくれて、なにかしようとしてる……?」

 でも、その子はそれにこたえず、こう、ぼくにいった。

「ほら、ぼく、ちきゅうにおっこちて……あしたで一年になるんだ……」

 そのあと、だんまりしてから、

「ここのちかくにおっこちたんだ……」

 といって、かおをまっ赤にした。

 そのとき、また、なぜだかわからないけど、へんにかなしい気もちになった。それなのに、ぼくはきいてみたくなったんだ。

「じゃあ、一しゅうかんまえ、ぼくときみが出あったあのあさ、きみがあんなふうに、ひとのすむところのはるかかなた、ひとりっきりであるいていたのは、たまたまじゃないってこと!? きみは、おっこちたところに、もどってるんだね?」

 王子くんは、もっと赤くなった。

 ぼくは、ためらいつつもつづけた。

「もしかして、一年たったら……?」

 王子くんは、またまたまっ赤になった。しつもんにはこたえなかったけど、でも、赤くなるってことは、〈うん〉っていってるのとおんなじってことだから、だから。

「ねぇ!」と、ぼくはいった。「だいじょうぶ……?」

 それでも、その子はこたえなかった。

「きみは、もう、やることをやらなくちゃいけない。じぶんのからくりのところへかえらなきゃいけない。ぼくは、ここでまってる。あしたの夜、かえってきてよ……」

 どうしても、ぼくはおちつけなかった。キツネをおもいだしたんだ。だれであっても、なつけられたら、ちょっと泣いてしまうものなのかもしれない……

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年09月23日 10:02 ★トラックバック
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