水牛だより9月1日
「空色通信」新着記事

2006年09月02日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」21 大久保ゆう訳

21

 キツネが出てきたのは、そのときだった。

「こんにちは。」とキツネがいった。

「こんにちは。」と王子くんはていねいにへんじをして、ふりかえったけど、なんにもいなかった。

「ここだよ。」と、こえがきこえる。「リンゴの木の下……」

「きみ、だれ?」と王子くんはいった。「とってもかわいいね……」

「おいら、キツネ。」とキツネはこたえた。

「こっちにきて、いっしょにあそぼうよ。」と王子くんがさそった。「ぼく、ひどくせつないんだ……」

「いっしょにはあそべない。」とキツネはいった。「おいら、きみになつけられてないもん。」

「あ! ごめん。」と王子くんはいった。

 でも、じっくりかんがえてみて、こうつけくわえた。

「〈なつける〉って、どういうこと?」

「このあたりのひとじゃないね。」とキツネがいった。「なにかさがしてるの?」

「ひとをさがしてる。」と王子くんはいった。「〈なつける〉って、どういうこと?」

「ひと。」とキツネがいった。「あいつら、てっぽうをもって、かりをする。いいめいわくだよ! ニワトリもかってるけど、それだけがあいつらのとりえなんだ。ニワトリはさがしてる?」

「ううん。」と王子くんはいった。「友だちをさがしてる。〈なつける〉って、どういうこと?」

「もうだれもわすれちゃったけど、」とキツネはいう。「〈きずなをつくる〉ってことだよ……」

「きずなをつくる?」

「そうなんだ。」とキツネはいう。「おいらにしてみりゃ、きみはほかの男の子一〇まんにんと、なんのかわりもない。きみがいなきゃダメだってこともない。きみだって、おいらがいなきゃダメだってことも、たぶんない。きみにしてみりゃ、おいらはほかのキツネ一〇まんびきと、なんのかわりもないから。でも、きみがおいらをなつけたら、おいらたちはおたがい、あいてにいてほしい、っておもうようになる。きみは、おいらにとって、世界にひとりだけになる。おいらも、きみにとって、世界でいっぴきだけになる……」

「わかってきた。」と王子くんはいった。「いちりんの花があるんだけど……あの子は、ぼくをなつけたんだとおもう……」

「かもね。」とキツネはいった。「ちきゅうじゃ、どんなことだっておこるから……」

「えっ! ちきゅうの話じゃないよ。」と王子くんはいった。

 キツネはとってもふしぎがった。

「ちがう星の話?」

「うん。」

「その星、かりうどはいる?」

「いない。」

「いいねえ! ニワトリは?」

「いない。」

「そううまくはいかないか。」とキツネはためいきをついた。

 さて、キツネはもとの話にもどって、

「おいらのまいにち、いつもおなじことのくりかえし。おいらはニワトリをおいかけ、ひとはおいらをおいかける。ニワトリはどれもみんなおんなじだし、ひとだってだれもみんなおんなじ。だから、おいら、ちょっとうんざりしてる。でも、きみがおいらをなつけるんなら、おいらのまいにちは、ひかりがあふれたみたいになる。おいらは、ある足音を、ほかのどんなやつとも聞きわけられるようになる。ほかの音なら、おいら穴ぐらのなかにかくれるけど、きみの音だったら、はやされたみたいに、穴ぐらからとんででていく。それから、ほら! あのむこうの小むぎばたけ、見える? おいらはパンをたべないから、小むぎってどうでもいいものなんだ。小むぎばたけを見ても、なんにもかんじない。それって、なんかせつない! でも、きみのかみの毛って、こがね色。だから、小むぎばたけは、すっごくいいものにかわるんだ、きみがおいらをなつけたら、だけど! 小むぎはこがね色だから、おいらはきみのことを思いだすよ。そうやって、おいらは小むぎにかこまれて、風の音をよく聞くようになる……」

 キツネはだんまりして、王子くんをじっと見つめて、

「おねがい……おいらをなつけておくれ!」といった。

「よろこんで。」と王子くんはへんじをした。「でもあんまりじかんがないんだ。友だちを見つけて、たくさんのことを知らなきゃなんない。」

「自分のなつけたものしか、わからないよ。」とキツネはいった。「ひとは、ひまがぜんぜんないから、なんにもわからない。ものうりのところで、できあがったものだけをかうんだ。でも、友だちをうるやつなんて、どこにもいないから、ひとには、友だちってものがちっともいない。友だちがほしいなら、おいらをなつけてくれ!」

「なにをすればいいの?」と王子くんはいった。

「気ながにやらなきゃいけない。」とキツネはこたえる。「まずは、おいらからちょっとはなれたところにすわる。たとえば、その草むらにね。おいらはきみをよこ目で見て、きみはなにもしゃべらない。ことばは、すれちがいのもとなんだ。でも、一日、一日、ちょっとずつそばにすわってもいいようになる……」

 

 あくる日、王子くんはまたやってきた。

「おんなじじかんに、来たほうがいいよ。」とキツネはいった。「そうだね、きみがごごの四じに来るなら、三じにはもう、おいら、うきうきしてくる。それからじかんがどんどんすすむと、ますますうきうきしてるおいらがいて、四じになるころには、ただもう、そわそわどきどき。そうやって、おいらは、しあわせをかみしめるんだ! でも、でたらめなじかんにくるなら、いつ心をおめかししていいんだか、わからない……きまりごとがいるんだよ。」

「きまりごとって、なに?」と王子くんはいった。

「これもだれもわすれちゃったけど、」とキツネはいう。「一日をほかの一日と、一時間をほかの一時間と、べつのものにしてしまうもののことなんだ。たとえば、おいらをねらうかりうどにも、きまりごとがある。あいつら、木ようは村のむすめとダンスをするんだ。だから、木ようはすっごくいい日! おいらはブドウばたけまでぶらぶらあるいていく。もし、かりうどがじかんをきめずにダンスしてたら、どの日もみんなおんなじようになって、おいらの心やすまる日がすこしもなくなる。」

 

 こんなふうにして、王子くんはキツネをなつけた。そして、そろそろ行かなきゃならなくなった。

「はあ。」とキツネはいった。「……なみだがでちゃう。」

「きみのせいだよ。」と王子くんはいった。「ぼくは、つらいのはぜったいいやなんだ。でも、きみは、ぼくになつけてほしかったんでしょ……」

「そうだよ。」とキツネはいった。

「でも、いまにもなきそうじゃないか!」と王子くんはいった。

「そうだよ。」とキツネはいった。

「じゃあ、きみにはなんのいいこともないじゃない!」

「いいことはあったよ。」とキツネはいった。「小むぎの色のおかげで。」

 それからこうつづけた。

「バラの庭に行ってみなよ。きみの花が、世界にひとつだけってことがわかるはず。おいらにさよならをいいにもどってきたら、ひみつをひとつおしえてあげる。」

 王子くんは、またバラの庭に行った。

「きみたちは、ぼくのバラとはちっともにていない。きみたちは、まだなんでもない。」と、その子はたくさんのバラにいった。「だれもきみたちをなつけてないし、きみたちもだれひとりなつけていない。きみたちは、であったときのぼくのキツネとおんなじ。あの子は、ほかのキツネ一〇まんびきと、なんのかわりもなかった。でも、ぼくがあの子を友だちにしたから、もう今では、あの子は世界にただいっぴきだけ。」

 するとたくさんのバラは、ばつがわるそうにした。

「きみたちはきれいだけど、からっぽだ。」と、その子はつづける。「きみたちのために死ぬことなんてできない。もちろん、ぼくの花だって、ふつうにとおりすがったひとから見れば、きみたちとおんなじなんだとおもう。でも、あの子はいるだけで、きみたちぜんぶよりも、だいじなんだ。だって、ぼくが水をやったのは、あの子。だって、ぼくがガラスのおおいに入れたのは、あの子。だって、ぼくがついたてでまもったのは、あの子。だって、ぼくが毛虫をつぶしてやったのも(二、三びき、チョウチョにするためにのこしたけど)、あの子。だって、ぼくが、もんくとか、じまんとか、たまにだんまりだってきいてやったのは、あの子なんだ。だって、あの子はぼくのバラなんだもん。」

 

 それから、その子はキツネのところへもどってきた。

「さようなら。」と、その子がいうと……

「さようなら。」とキツネがいった。「おいらのひみつだけど、すっごくかんたんなことなんだ。心でなくちゃ、よく見えない。もののなかみは、目では見えない、ってこと。」

「もののなかみは、目では見えない。」と、王子くんはもういちどくりかえした。わすれないように。

「バラのためになくしたじかんが、きみのバラをそんなにもだいじなものにしたんだ。」

「バラのためになくしたじかん……」と、王子くんはいった。わすれないように。

「ひとは、ほんとのことを、わすれてしまった。」とキツネはいった。「でも、きみはわすれちゃいけない。きみは、じぶんのなつけたものに、いつでもなにかをかえさなくちゃいけない。きみは、きみのバラに、なにかをかえすんだ……」

「ぼくは、ぼくのバラになにかをかえす……」と、王子くんはもういちどくりかえした。わすれないように。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年09月02日 14:19 ★トラックバック
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