ゆれる
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」16 大久保ゆう訳

2006年08月12日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」15 大久保ゆう訳

15

 むっつめの星は、なん十ばいもひろい星だった。ぶあつい本をいくつも書いている、おじいさんのすまいだった。

「おや、たんけん家じゃな。」王子くんが見えるなり、そのひとは大ごえをあげた。

 王子くんは、つくえの上にこしかけて、ちょっといきをついた。もうそれだけたびをしたんだ!

「どこから来たね?」と、おじいさんはいった。

「なあに、そのぶあつい本?」と王子くんはいった。「ここでなにしてるの?」

「わしは、ちりのはかせじゃ。」と、おじいさんはいった。

「なあに、そのちりのはかせっていうのは?」

「ふむ、海、川、町、山、さばくのあるところをよくしっとる、もの知りのことじゃ。」

「けっこうおもしろそう。」と王子くんはいった。「やっと、ほんもののしごとに出あえた!」それからその子は、はかせの星をぐるりと見た。こんなにもでんとした星は、見たことがなかった。

「とってもみごとですね、あなたの星は。大うなばらは、あるの?」

「まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「えっ!(王子くんは、がっかりした。)じゃあ、山は?」

「まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「じゃあ、町とか川とか、さばくとかは?」

「それも、まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「でも、ちりのはかせなんでしょ!」

「さよう。」と、はかせはいった。「だが、たんけん家ではない。それに、わしの星にはたんけん家がおらん。ちりのはかせはな、町、川、山、海、大うなばらやさばくを数えに行くことはない。はかせというのは、えらいひとだもんで、あるきまわったりはせん。じぶんのつくえを、はなれることはない。そのかわり、たんけん家を、むかえるんじゃ。はかせは、たんけん家にものをたずね、そのみやげ話をききとる。そやつらの話で、そそられるものがあったら、そこではかせは、そのたんけん家が、しょうじきものかどうかをしらべるんじゃ。」

「どうして?」

「というのもな、たんけん家がウソをつくと、ちりの本はめちゃくちゃになってしまう。のんだくれのたんけん家も、おなじだ。」

「どうして?」と王子くんはいった。

「というのもな、よっぱらいは、ものがだぶって見える。そうすると、はかせは、ひとつしかないのに、ふたつ山があるように、書きとめてしまうからの。」

「たんけん家に、ふむきなひと、ぼく知ってるよ。」と王子くんはいった。

「いるじゃろな。ところで、そのたんけん家が、しょうじきそうだったら、はかせは、なにが見つかったのか、たしかめることになる。」

「見に行くの?」

「いや。それだと、あまりにめんどうじゃ。だから、はかせは、たんけん家に、それをしんじさせるだけのものを出せ、という。たとえば、大きな山を見つけたっていうんであれば、大きな石ころでももってこにゃならん。」

 はかせは、ふいにわくわくしだした。

「いやはや、きみはとおくから来たんだな! たんけん家だ! さあ、わしに、きみの星のことをしゃべってくれんか。」

 そうやって、はかせは、ノートをひらいて、えんぴつをけずった。はかせというものは、たんけん家の話をまず、えんぴつで書きとめる。それから、たんけん家が、しんじられるだけのものを出してきたら、やっとインクで書きとめるんだ。

「それで?」と、はかせはたずねた。

「えっと、ぼくんち。」と王子くんはいった。「あんまりおもしろくないし、すごくちいさいんだ。みっつ火山があって、ふたつは火がついていて、ひとつはきえてる。でも、まんがいちがあるかもしれない。」

「まんがいちがあるかもしれんな。」と、はかせはいった。

「花もあるよ。」

「わしらは、花については書きとめん。」と、はかせはいった。

「どうしてなの! いちばんきれいだよ!」

「というのもな、花ははかないんじゃ。」

「なに、その〈はかない〉って?」

「ちりの本はな、」と、はかせはいう。「すべての本のなかで、いちばんちゃんとしておる。ぜったい古くなったりせんからの。山がうごいたりするなんぞ、めったにない。大うなばらがひあがるなんぞ、めったにない。わしらは、かわらないものを書くんじゃ。」

「でも、きえた火山が目をさますかも。」と王子くんはわりこんだ。「なあに、その〈はかない〉って?」

「火山がきえてようと、目ざめてようと、わしらにとっては、おなじこと。」と、はかせはいった。「わしらにだいじなのは、山そのものだけじゃ。うごかんからな。」

「でも、その〈はかない〉ってなに?」また王子くんはいった。なにがあっても、いちどしつもんをはじめたら、ぜったいにやめない。

「それは、『もうすぐきえるおそれがある』ということじゃ。」

「ぼくの花は、もうすぐきえるおそれがあるの?」

「むろんじゃ。」

『ぼくの花は、はかない。』と王子くんはおもった。『それに、まわりからじぶんをまもるのは、よっつのトゲだけ! それに、ぼくは、ぼくんちに、たったひとつおきざりにしてきたんだ!』

 その子は、ふいに、やめておけばよかった、とおもった。でも、気をとりなおして、

「これから行くのに、おすすめの星はありませんか?」と、その子はたずねた。

「ちきゅうという星じゃ。」と、はかせはこたえた。「いいところだときいておる……」

 そうして、王子くんは、そこをあとにした。じぶんの花のことを、おもいつつ。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年08月12日 11:13 ★トラックバック
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