空色通信 2006年7月号
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」14 大久保ゆう訳

2006年08月05日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」13 大久保ゆう訳

13

 よっつめの星は、しごとにんげんのものだった。このひとは、とってもいそがしいので、王子くんが来たときも、かおを上げなかった。

「こんにちは。」と、その子はいった。「たばこの火、きえてるよ。」

「3+2=5。5+7=12。12+3=15。こんにちは。15+7=22。22+6=28。火をつけなおすひまなんてない。26+5=31。ふう。ごうけいが、5おく162まん2731。」

「なに、その5おくって。」

「ん? まだいたのか。5おく……もうわからん……やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ! ちゃんとしてるんだ、わたしは。むだ口たたいてるひまはない! 2+5=7……」

「なんなの、その5おく100まんっていうのは。」また王子くんはいった。なにがあっても、いちどしつもんをはじめたら、ぜったいにやめない。

 しごとにんげんは、かおを上げた。

「五四年この星にすんでいるが、気がちったのは、三どだけだ。さいしょは、あれだ、二二年まえのこと、コガネムシがどこからともなく、とびこんできたせいだ。ぶんぶんとうるさくしたから、たし算を四回まちがえた。二どめは、あれだ、一一年まえ、リウマチのほっさがおきたせいだ。うんどうぶそくで、あるくひまもない。ちゃんとしてるんだ、わたしは。三どめは……まさにいまだ! さてと、5おく100……」

「……も、なにがあるの?」

 しごとにんげんは、ほっといてはもらえないんだと、あきらめた。

「……も、あのちいさいやつがあるんだ。ときどき空に見えるだろ。」

「ハエ?」

「いいや、そのちいさいのは、ひかる。」

「ミツバチ?」

「いいや。そのちいさいのは、こがね色で、なまけものをうっとりさせる。だが、ちゃんとしてるからな、わたしは! うっとりしてるひまはない。」

「あっ! 星?」

「そうだ、星だ。」

「じゃあ、5おく100まんの星をどうするの?」

「5おく162まん2731。ちゃんとしてるんだ、わたしは。こまかいんだ。」

「それで、星をどうするの?」

「どうするかって?」

「うん。」

「なにも。じぶんのものにする。」

「星が、きみのもの?」

「そうだ。」

「でも、さっきあった王さまは……」

「王さまは、じぶんのものにしない、〈おさめる〉んだ。ぜんぜんちがう。」

「じゃあ、星がじぶんのものだと、なんのためになるの?」

「ああ、お金もちになれるね。」

「じゃあ、お金もちだと、なんのためになるの?」

「またべつの星が買える、あたらしいのが見つかったら。」

 王子くんは心のなかでおもった。『このひと、ちょっとへりくつこねてる。さっきのよっぱらいといっしょだ。』

 でもとりあえず、しつもんをつづけた。

「どうやったら、星がじぶんのものになるの?」

「そいつは、だれのものだ?」と、しごとにんげんは、ぶっきらぼうにへんじをした。

「わかんない。だれのものでもない。」

「じゃあ、わたしのものだ。さいしょにおもいついたんだから。」

「それでいいの?」

「もちろん。たとえば、きみが、だれのものでもないダイヤを見つけたら、それはきみのものになる。だれのものでもない島を見つけたら、それはきみのもの。さいしょになにかをおもいついたら、〈とっきょ〉がとれる。きみのものだ。だから、わたしは星をじぶんのものにする。なぜなら、わたしよりさきに、だれひとりも、そんなことをおもいつかなかったからだ。」

「うん、なるほど。」と王子くんはいった。「で、それをどうするの?」

「とりあつかう。かぞえて、かぞえなおす。」と、しごとにんげんはいった。「むずかしいぞ。だが、わたしは、ちゃんとしたにんげんなんだ!」

 王子くんは、まだなっとくできなかった。

「ぼくは、スカーフいちまい、ぼくのものだったら、首のまわりにまきつけて、おでかけする。ぼくは、花が一りん、ぼくのものだったら、花をつんでもっていく。でも、きみ、星はつめないよね!」

「そうだ。だが、ぎんこうにあずけられる。」

「それってどういうこと?」

「じぶんの星のかずを、ちいさな紙きれにかきとめるってことだ。そうしたら、その紙を、ひきだしにしまって、カギをかける。」

「それだけ?」

「それでいいんだ!」

 王子くんはおもった。『おもしろいし、それなりにかっこいい。でも、ぜんぜんちゃんとしてない!』

 王子くんは、ちゃんとしたことについて、おとなのひとと、ちがったかんがえをもっていたんだ。

「ぼく。」と、その子はことばをつづける。「花が一りん、ぼくのもので、まいにち水をやります。火山がみっつ、ぼくのもので、まいしゅう、ススはらいをします。それに、火がきえてるのも、ススはらいします。まんがいちがあるから。火山のためにも、花のためにもなってます、ぼくのものにしてるってことが。でも、きみは星のためにはなってません……」

 しごとにんげんは、口もとをひらいたけど、かえすことばが、みつからなかった。王子くんは、そこをあとにした。

 おとなのひとって、やっぱりただのへんてこりんだ、とだけ、その子は心のなかでおもいつつ、たびはつづく。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年08月05日 14:27 ★トラックバック
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