【入力/校正】電子翻刻の落とし穴
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」8 大久保ゆう訳

2006年06月29日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」7 大久保ゆう訳

 五日め、またヒツジのおかげで、この王子くんにまつわるなぞが、ひとつあきらかになった。その子は、なんのまえおきもなく、いきなりきいてきたんだ。ずっとひとりで、うーんとなやんでいたことが、とけたみたいに。

「ヒツジがちいさな木を食べるんなら、花も食べるのかな?」

「ヒツジは目に入ったものみんな食べるよ。」

「花にトゲがあっても?」

「ああ。花にトゲがあっても。」

「じゃあ、トゲはなんのためにあるの?」

 わからなかった。そのときぼくは、エンジンのかたくしまったネジを外そうと、もう手いっぱいだった。しかも気が気でなかった。どうも、てひどくやられたらしいということがわかってきたし、さいあく、のみ水がなくなることもあるって、ほんとにおもえてきたからだ。

「トゲはなんのためにあるの?」

 この王子くん、しつもんをいちどはじめたら、ぜったいおやめにならない。ぼくは、ネジでいらいらしていたから、いいかげんにへんじをした。

「トゲなんて、なんのやくにも立たないよ、たんに花がいじわるしたいんだろ!」

「えっ!」

 すると、だんまりしてから、その子はうらめしそうにつっかかってきた。

「ウソだ! 花はかよわくて、むじゃきなんだ! どうにかして、ほっとしたいだけなんだ! トゲがあるから、あぶないんだぞって、おもいたいだけなんだ……」

 ぼくは、なにもいわなかった。かたわらで、こうかんがえていた。「このネジがてこでもうごかないんなら、いっそ、かなづちでふっとばしてやる。」でも、この王子くんは、またぼくのかんがえをじゃまなさった。

「きみは、ほんとにきみは花が……」

「やめろ! やめてくれ! 知るもんか! いいかげんにいっただけだ。ぼくには、ちゃんとやらなきゃいけないことがあるんだよ!」

 その子は、ぼくをぽかんと見た。

「ちゃんとやらなきゃ!?」

 その子はぼくを見つめた。エンジンに手をかけ、指はふるいグリスで黒くよごれて、ぶかっこうなおきものの上にかがんでいる、そんなぼくのことを。

「おとなのひとみたいな、しゃべりかた!」

 ぼくはちょっとはずかしくなった。でも、ようしゃなくことばがつづく。

「きみはとりちがえてる……みんないっしょくたにしてる!」

 その子は、ほんきでおこっていた。こがね色のかみの毛が、風になびいていた。

「まっ赤なおじさんのいる星があったんだけど、そのひとは花のにおいもかがないし、星もながめない。ひとをすきになったこともなくて、たし算のほかはなんにもしたことがないんだ。いちにちじゅう、きみみたいに、くりかえすんだ。『わたしは、ちゃんとしたにんげんだ! ちゃんとしたにんげんなんだ!』それで、はなをたかくする。でもそんなの、にんげんじゃない、そんなの、キノコだ!」

「な、なに?」

「キノコ!」

 この王子くん、すっかりごりっぷくだ。

「百万年まえから、花はトゲをもってる。百万年まえから、ヒツジはそんな花でも食べてしまう。だったらどうして、それをちゃんとわかろうとしちゃいけないわけ? なんで、ものすごくがんばってまで、そのなんのやくにも立たないトゲを、じぶんのものにしたのかって。ヒツジと花のけんかは、だいじじゃないの? ふとった赤いおじさんのたし算のほうがちゃんとしてて、だいじだっていうの? たったひとつしかない花、ぼくの星のほかにはどこにもない、ぼくだけの花が、ぼくにはあって、それに、ちいさなヒツジがいっぴきいるだけで、花を食べつくしちゃうこともあるって、しかも、じぶんのしてることもわからずに、朝ふっとやっちゃうことがあるってわかってたとしても、それでもそれが、だいじじゃないっていうの?」

 その子はまっ赤になって、しゃべりつづける。

「だれかが、二百万の星のなかにもふたつとない、どれかいちりんの花をすきになったんなら、そのひとはきっと、星空をながめるだけでしあわせになれる。『あのどこかに、ぼくの花がある……』っておもえるから。でも、もしこのヒツジが、あの花を食べたら、そのひとにとっては、まるで、星ぜんぶが、いきなりなくなったみたいなんだ! だから、それはだいじじゃないっていうの、ねえ!」

 その子は、もうなにもいえなかった。いきなり、わあっと泣きだした。夜がおちて、ぼくはどうぐを手ばなした。なんだか、どうでもよくなった。エンジンのことも、ネジのことも、のどのかわきも、死ぬことさえも。ひとつの星、ひとつのわくせい、ぼくのいばしょ――このちきゅうの上に、ひとりの気ままな王子くんが、いじらしく立っている。ぼくはその子をだきしめ、ゆっくりとあやした。その子にいった。「きみのすきな花は、なにもあぶなくなんかない……ヒツジにくちわをかいてあげる、きみのヒツジに……花をまもるものもかいてあげる……あと……」どういっていいのか、ぼくにはよくわからなかった。じぶんは、なんてぶきようなんだろうとおもった。どうやったら、この子と心がかようのか、ぼくにはわからない……すごくふしぎなところだ、なみだのくにって。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年06月29日 12:09 ★トラックバック
 コメント

「やめれくれ」→「やめてくれ」でしょうか。

Posted by: k3c at 2006年06月29日 12:29

誤植修正致しました。
ご指摘ありがとうございます。
(なぜかいつもコメントがつけられないのだけれど、今回は書ける……かな?)

Posted by: 大久保ゆう at 2006年06月30日 22:59

いつも楽しみにしています。朗読させていただきました。下記で聞けます。
STORYTELLER BOOK
http://storytellerbook.cocolog-nifty.com/...

Posted by: ささきたけし at 2006年07月07日 09:34

 コメントする
※URLを入力するときは、そのままURLのみを入力してください。自動的にリンクされます。Aタグを使用することはできません。
※コメントスパム対応のため、POSTに時間がかかってしまいます。一度クリックしたら、気ままにお待ちください。










名前、アドレスを登録しますか?