Devil or Angel ?
水牛だより6月1日

2006年05月25日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」2 大久保ゆう訳

 それまで、ぼくはずっとひとりぼっちだった。だれともうちとけられないまま、六年まえ、ちょっとおかしくなって、サハラさばくに下りた。ぼくのエンジンのなかで、なにかがこわれていた。ぼくには、みてくれるひとも、おきゃくさんもいなかったから、なおすのはむずかしいけど、ぜんぶひとりでなんとかやってみることにした。それでぼくのいのちがきまってしまう。のみ水は、たった七日ぶんしかなかった。

 一日めの夜、ぼくはすなの上でねむった。ひとのすむところは、はるかかなただった。海のどまんなか、いかだでさまよっているひとよりも、もっとさみしかった。だから、ぼくがびっくりしたのも、みんなわかってくれるとおもう。じつは、あさ日がのぼるころ、ぼくは、ふしぎなかわいいこえでおこされたんだ。

「ごめんください……ヒツジの絵をかいて!」

「えっ?」

「ぼくにヒツジの絵をかいて……」

 かみなりにうたれたみたいに、ぼくはとびおきた。目をごしごしこすって、ぱっちりあけた。すると、へんてこりんなおとこの子がひとり、おもいつめたようすで、ぼくのことをじっと見ていた。あとになって、この子のすがたを、わりとうまく絵にかいてみた。でもきっとぼくの絵は、ほんもののみりょくにはかなわない。ぼくがわるいんじゃない。六さいのとき、おとなのせいで絵かきのゆめをあきらめちゃったから、それからずっと絵にふれたことがないんだ。なかの見えないボアの絵と、なかの見えるボアの絵があるだけ。

 それはともかく、いきなり人が出てきて、ぼくは目をまるくした。なにせ人のすむところのはるかかなたにいたんだから。でも、おとこの子はみちをさがしているようには見えなかった。へとへとにも、はらぺこにも、のどがからからにも、びくびくしているようにも見えなかった。ひとのすむところのはるかかなた、さばくのどまんなかで、まい子になっている、そんなかんじはどこにもなかった。

 やっとのことで、ぼくはその子にこえをかけた。

「えっと……ここでなにをしてるの?」

 すると、その子はちゃんとつたえようと、ゆっくりとくりかえした。

「ごめんください……ヒツジの絵をかいて……」

 ものすごくふしぎなのに、だからやってしまうことってある。それでなんだかよくわからないけれど、ひとのすむところのはるかかなたで死ぬかもしれないのに、ぼくはポケットから一まいのかみとペンをとりだした。でもそういえば、ぼくはちりやれきし、さんすうやこくごぐらいしかならっていないわけなので、ぼくはそのおとこの子に(ちょっとしょんぼりしながら)絵ごころがないんだ、というと、その子はこうこたえた。

「だいじょうぶ。ぼくにヒツジの絵をかいて。」

 ヒツジをかいたことがなかったから、やっぱり、ぼくのかけるふたつの絵のうち、ひとつをその子にかいてみせた。なかの見えないボアだった。そのあと、おとこの子のことばをきいて、ぼくはほんとうにびっくりした。

「ちがうよ! ボアのなかのゾウなんてほしくない。ボアはとってもあぶないし、ゾウなんてでっかくてじゃまだよ。ぼくんち、すごくちいさいんだ。ヒツジがいい。ぼくにヒツジをかいて。」

 なので、ぼくはかいた。

 それで、その子は絵をじっとみつめた。

「ちがう! これもう、びょうきじゃないの。もういっかい。」

 ぼくはかいてみた。

 ぼうやは、しょうがないなあというふうにわらった。

「見てよ……これ、ヒツジじゃない。オヒツジだ。ツノがあるもん……」

 ぼくはまた絵をかきなおした。

 だけど、まえのとおなじで、だめだといわれた。

「これ、よぼよぼだよ。ほしいのは長生きするヒツジ。」

 もうがまんできなかった。はやくエンジンをばらばらにしていきたかったから、さっとこういう絵をかいた。

 ぼくはいってやった。

「ハコ、ね。きみのほしいヒツジはこのなか。」

 ところがなんと、この絵を見て、ぼくのちいさなしんさいんくんは目をきらきらさせたんだ。

「そう、ぼくはこういうのがほしかったんだ! このヒツジ、草いっぱいいるかなあ?」

「なんで?」

「だって、ぼくんち、すごくちいさいんだもん……」

「きっとへいきだよ。あげたのは、すごくちいさなヒツジだから。」

 その子は、かおを絵にちかづけた。

「そんなにちいさくないよ……あ! ねむっちゃった……」

 ぼくがあのときの王子くんと出会ったのは、こういうわけなんだ。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年05月25日 14:44 ★トラックバック
 コメント

http://storytellerbook.cocolog-nifty.com/... 朗読させていただきました。王子くんと僕の出会い、なんだか素敵です。

Posted by: ささきたけし at 2006年06月01日 10:27

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