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「みずたまり」で今は亡きジャイアント馬場さんの名前をみたので、思い出したことを書いてみる。
私は、中学ではなく高校がセーラー服だった。背が低く、痩せている私にはちっとも似合うものではなかったが、仕方なく着ていた。
ある冬、電車通学をしていた私は、弁当を忘れたことに駅の改札を過ぎてから気付いた。気付いた私はホームの売店でパンを買っていくことにした。せり出た店先に並べられたパンはどれも美味しそうにみえて、どれにしようかと迷っていると、それも真剣に迷っているので周りの気配などには全く神経がいかなかった。数ある中でも渦巻き型のデニッシュにチョコレートのコーティングがしてあるパンが一個だけあり、「私を食べて!」とビニール袋の中から呟いていた。確かに私に向って呟いていた。セーラー服の白い三本線の袖口から細い腕をさっとだして取ろうとしたとき、間一発で毛むくじゃらの大きな手が伸び「私を食べて!」と私に向って叫んでいるのに横から掻っ攫って行った。だれだ私のパンを横から取るヤツは!と私は横を見た。ワイシャツの脇であった。その目をずっと上に持っていくと、ジャイアント馬場さんだった。腰がぬけそうなくらい驚いた。馬場さんであることに驚いたことは言うまでもない。しかしそれ以上に驚いたのは、大きな手に乗った小さなパンである。なんとかわいいのだろう。私たちがビスケットを手にのせているようなものではないか。私はパンを横取りされたことより手とパンの対比に感動すらあったので、じっとその手とパンを見て居た。それが馬場さんにはパンに未練があると思ったらしい。あの長い顔に小さな目を細めて、テレビで聞くような荒々しい声ではなく、小鳥が囁くように上から言った。
「このパンおいしいかね?」
「あ・・はい」と答えるのがやっとだった。内心私にパンの権利を譲ってくれるのかと期待したのだが。
「ふうん」とパンをまじまじと馬場さんはみた。そして脇にも届かないような身長の私に言った。「中学生?」
田舎の小さな身体のセーラー服姿は、どうみても中学生だったのだろうが、少しむっとしながら私は「高校生です」と答えた。私がむっとしたのを即座に感じた馬場さんは、短い髪に手をやり頭を掻いた。そして長い顔を崩して情けなそうにえへへと笑った。
なんと可愛い人なのだろうと高校生の私は思った。当時大人の異性を可愛いと思ったのは後にも先にもジャイアント馬場さん一人であった。
馬場さんは、もう一つ他のパンを選ぶと、お金を出し、さっさと行ってしまった。あのパンの権利は私に譲られることなく。私は仕方なく他のパンを選んでお金をだした。
夕方、帰宅途中、家の近くの電柱でポスターを見た。昨日の日付のポスターが風に揺れていた。中央にはガウン姿のジャイアント馬場の勇姿だった。
うーん、「食べ物の恨みは恐ろしい」と言っていいのか……。(^^;
でも歳下の女性に「カワイイ」と思わせるジャイアント馬場さんって一体……
今思い出しても不思議な光景ですね。
次の巡業先へ行くために列車を待つ数分間のことだったのでしょうね。
もちろん学校へ行って友達に話しました。
「世の中広いが、ジャイアント馬場にパンを横取りされたのは、あんたぐらいだろうね・・」と言ったのを今でも覚えています・・・・(^○^)
横取りされたパンではありませんが、日本武道館で行なわれた「ジャイアント馬場さんおわかれ会」(要はファンの献花式みたいなもの)では訪れたファンの皆さんの多くは、彼が生前に「好きなもの」としてあげていた『豆大福』を供えていたのですが、果たしてその(お店がひらけるほど)大量の『豆大福』はどうなったのだろう、と、考えてしまいました。(^^;
ちなみに、私が供えたのは故逸見まさたかさんの闘病の願掛けに止めていたと言う葉巻(但し愛用品よりはるかに安い銘柄)でしたが。(^^;
馬場さんという人は甘いものがお好きだったようですね。
「豆大福」と言っても色々なものがあるでしょうね。私も好きです。甘いもの。特に”あんこ”
以前某所に書いた覚えがあります。
新宿の「キネマ」という名前だったと思いますが、そこの名物は「あんこトースト」
こんがり焼いたトーストにマーガリン、そしてあんこがのっています。
マスターが映画好きらしく、店中に新旧入り混じった映画のチラシやポスターが貼ってありました。
永久の恋人ヘルムート・バーガーの、(「地獄に落ちた勇者ども」だったと思いますが、)例の編みタイツ姿?の彼に見詰められたながら「あんこトースト」を食べた憶えがあります・・・・・・・
馬場さん…
少し失望した。
女子からパン奪うなよ…